往年の映画俳優若山富三郎さん。昭和の大俳優は数々の伝説がありそうですね。
若山富三郎さんについて紹介します。
若山富三郎さんとは?

1929年、東京深川で長唄の師匠・杵屋勝東冶の長男として生まれ、弟は勝新太郎。
日大三中時代は1年生を3回続ける腕白だったが成人して長唄に精進、名取になった。新東宝から高給で誘われ入社。看板スターになったものの白塗りの 2枚目が多く、ここではまだ本領を発揮しない。大映に移籍し城健三朗と名乗ってから、個性的な脇役に成長し始めた。東映では若山の旧姓に戻り、幅広く悪役をこなし、鶴田浩二・安藤昇・藤純子らの主役を食うほどの人気を得る。さらに、NHKドラマ『事件』、木下恵介監督『息子』の熟成した演技力は、晩咲きの大輪の花を思わせた。
ほかに『子連れ狼』シリーズなど。勝とは正反対の大の甘党であった。1992年、心不全で死去、62歳。
若山富三郎さんと勝新太郎さんは兄弟だったんですね。
勝新太郎さんとの関係
時代劇研究家の春日太一さんはあるトークショーで若山富三郎さんと勝新太郎さんについてこう紹介しています。


春日:
(若山富三郎さんの実弟である)勝新太郎さんの本を書く時に『天才 勝新太郎』というタイトルをつけているんですけれども。
僕は勝新太郎さんは天才だと思っていなくて、あれは出版社がつけたタイトルなんです。本当の天才は、若山富三郎さんなんです。つまり、ありとあらゆる役柄を、全てやれちゃうところがすごい。春日:
勝新太郎さんは不器用な人なんですよ。役の幅がないというか、芝居の幅がない。何をやっても勝新太郎であり、『座頭市』や『兵隊やくざ』『人斬り』みたいな3つぐらいのパターンで、どれもこれも、勝新太郎なんです。やっぱり勝新太郎さんはスターなんですよ。春日:
若山富三郎さんは、スターとして出演するときもあれば、役柄になりきっているときもある。とても器用なんですよ。器用な人に付く言葉で、器用貧乏という言葉があります。器用な役者は、使い勝手よく当てはめられて、代表作もないまま終わってしまう。成田三樹夫さんや夏八木勲さんがそうです。春日:
兄弟はどう違うのか? 実はこの二人は全く性格が違う。芸に対するアプローチが違うんです。どっちも完璧主義者ですけれども、完璧という考え方が違っています。(若山富三郎さんの息子である)若山騎一郎さんが書いた本の中で、日本舞踊の取り組み方に二人の大きな違いがあると書かれています。二人とも、踊りが上手い。基本が1から10まであるとしたら、若山富三郎さんは1から10まで全て完璧にできる人。勝新太郎さんは、基礎は完璧にできて、その1から10をオリジナルにしていっちゃう人。だから二人とも完璧な芸ができるんだけれども、完璧の意味が違っている。より新しいクリエイティブなものを求めていったのが勝新太郎さんだとすると、若山富三郎さんは、そこでやるべき事を全て完璧にやるという人なんです。
若山富三郎も勝新太郎さんも昭和の大俳優。
比較するのもおぞましいですが、お二人とも何か特別な力を持ち合わせたすごい俳優だったんでしょうね。
すごすぎる伝説

弟の勝新太郎さんもいくつか武勇伝は存在しますが若山富三郎さんも負けず劣らず、いくつかの武勇伝が存在していたのです。
・業界においても役者として殺陣の演技はかなりの腕前であると評判だった
・刀や槍・薙刀・棒など様々な武器をいと巧みに使いこなすことが出来た。
・付き人やスタッフに対しては口よりも先に手が出ることが多く恐れられていた
・灰皿・箸・ソファー・タバコなどを持って歩くなどそれぞれ役割が与えられた付き人を当時は数十名引き連れていた
・あの業界では最強と謳われる一人渡瀬恒彦もよく慕っていた
・楽屋を叩き殴り広くしようとしたこともある
・何人かの若手俳優やスタッフが集まり若山組といわれていたことがある。喧嘩に関してのエピソードはあまりないものの、その漢としての生き様は見事の一言。
当時は大物俳優として色々な映画などにも出演されていましたが現場の監督もあまり口出しが出来ないほどその存在感は大きかったようです。
勝新太郎さんの武勇伝が有名ですが、お兄さんの若山富三郎さんも数々の武勇伝があるようですね。
女性関係でも数々の伝説が!

付き人として過ごしていた息子さんがデイリー新潮でのインタビューで、以下のように語っています。
「若山企画にいたのは、30代後半の東洋風美女の女性社長以下、お弟子さん、お手伝いさんと皆女性ばかり。20代から50代まで5~6人いました。しばらくすると彼女達の関係性が浮かびあがってきて、どうやら、そのほとんどが『お手つき』であることがわかってきました。以前、関係があったり、関係が続行している人もいたり。それは、まさに大奥ですよ。親父は突然、スタッフの一人と私の目の前でキスをするなんてこともありました。こちらはぎょっとしますが、そんなのお構い無しです。
女性関係でも弟・勝新太郎さんも羨むほどの破天荒だったようです。
昭和の大俳優さんは女性関係も盛大な感じがしますが、奥様はどう思われていたんでしょうね。
奥様は?
そんな女性関係でも破天荒だった若山富三郎さんの奥様はどんな方だったんでしょう。
1963年に同じく大映所属の女優、藤原礼子と結婚。一男を儲ける。1964年にはテレビ時代劇『風雲児半次郎 唐芋侍と西郷』に主演したが、1965年に藤原と離婚、その後の1年間、干されて役がつかない挫折を味わった。

結婚していたのは2年間だったようですね。
息子さんは?
藤原礼子さんとの間に生まれた息子さんはどんな方なんでしょう。
調べてみると2013年に覚せい剤所持で逮捕歴があるようです。

若山富三郎さんの息子で俳優の若山騎一郎(48=本名・藤原敏章)が28日、覚せい剤取締法違反(所持)の容疑で千葉県警松戸署に現行犯逮捕された。
同署によると、この日午後1時36分、若山容疑者が東京・港区内の自宅で覚せい剤若干量を所持していることを確認の上、現行犯逮捕した。
若山容疑者は容疑を認めており、調べに「自分で使用したものの残りです」と話しているという。
若山は12年5月に故上原謙さんの娘で女優仁美凌(33)と結婚。半年後の同10月15日にスピード離婚したが、今年に入ってから復縁し、離婚1年の今年10月15日に再婚していた。
関係者によると、妻の仁美も尿検査を受けたというが、逮捕されておらず、容疑はかけられていないという。
息子さんも破天荒のようですが、警察のお世話になるようなことはいけませんね。
今回は昭和の名優若山富三郎さんについて紹介しました。
弟・勝新太郎さんに負けずとも劣らない昭和の大俳優さんは私生活でも破天荒だったようですね。
昭和という時代はそういう時代でもあったのかもしれません。