毛利郁子の現在は?結婚して息子もいるの?

毛利郁子さんのプロフィールをご紹介します。

 

毛利郁子さんについて

生年月日:1933年4月25日
出生地:高知県幡多郡宿毛町(現在の高知県宿毛市)
女優時のサイズ:身長160cm、体重50kg、B96・W55・H92

84歳になるんですね。

毛利郁子は古い商家の娘で経済的には不自由なく育った。
高校時代から美貌と大柄な体は人目をひき、高校卒業後、家業を手伝っていたが、せっかくの美貌が勿体ないからと、大分県別府で親戚が経営する温泉旅館のフロント係になる。
19歳の時、全国温泉旅館美人コンテストで「ミス温泉」に選ばれた。
そんな郁子に地元のヤクザ(日本生まれの中国人)が目を付け、監禁・強姦。その後、福岡に連れて行かれ、中州のクラブで働かされた。
耐え切れなくなった郁子は地元暴力団の親分に依頼し、ヤクザ(日本生まれの中国人)のヒモと別れることができたが、今度は依頼した暴力団の親分の愛人にさせられた。
郁子は若い衆に「姐さん」と呼ばれるようになったが、抜け出したいと考えるようになる。
福岡での生活が2年経ったころ、大映の新人女優募集を知り上京。郁子はテストに合格し研究生になった。

昔の話とはいえ、すごい人生ですね。

主演の毛利郁子は、“蛇女優”といわれ、プライベートでも蛇を飼っていたといわれている。
物語は、料理茶屋白藤で、主人清吉(伊沢一郎)の弟佐吉(高倉一郎)の婚約披露から始まる。
宴会の最中、佐吉は盗みの疑いで捕まり、清吉と内儀おえん(毛利)は狼狽。
さらに証拠の品が店で見つかり、困った清吉は証拠隠滅のために、証人の使用人源七(市川謹也)に毒酒を飲ませ、井戸に投げ込んでしまう。
その夜から、白藤では奇怪なできごとが頻発。
事件の裏に何かあるとにらんだ北町奉行所の開小源太(島田竜三)は、調査を開始する。
途中、岡っ引きの兵六(中田ダイマル)が、うっかり十手を井戸の中に落とし、探しにいくが、井戸から死体は消えていた…。
全体にポワワ〜ン、ポワワ〜ンと怪談らしい音楽が流れ、ついにおえんの湯殿に大量の蛇が!
全身に蛇を巻きつけ、「お前さん助けて!」と絶叫するおえんの妖艶ぶりはさすがの貫禄だ。
蛇と風呂を合体させたアイデアも鋭いが、当時の資料によると、この映画の宣伝文句は「何を狙うか青蛇の眼!
何も知らない浴槽の美女!」「美女の乳首に蛇の鎌首!」など、ナイスな言葉とともに、毛利郁子のことを「蛇グラマー」とも呼んでいる。

当時の女性の体型ではかなり魅力的な体型だったのでしょうね。

 

現在

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その後は芸能界には戻ることなく、結婚して平凡な生活を送っているといいますが後の消息は分かっていないようです。

もし存命であれば毛利郁子は今年84歳。
息子さんは51歳になっているはずですから、どこかできっと親子一緒に幸せに暮らしていることを切に祈りたいものです。

事件で服役してからというもの、その後はどうなったかは分からないようです。

ただ、結婚されて息子さんがいることと、ご健在だと言う事だけはわかります。

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事件とは?

毛利さんは、妻子持ちの男性と恋に落ち、その間に男児をもうけます。
その不適切な関係は7年にも及びます。
1969年、二人の関係にヒビが生じ、兵庫県姫路市内の広峰山でのドライブ中に男性を手にかけてしまうのです。
翌日、毛利さんは警察に自供して逮捕されます。
現役の女優が殺人を犯すのは初めてのことで、芸能界に激震が走りました。

他の角度からも

1969年(昭和44年)12月14日、満36歳のとき、妻子持ちの男性との間に既に2歳の男児をもうけ、7年越しの交際をしていたが、その女性関係のもつれから、兵庫県姫路市内の広峰山でのドライブ中に男性を刺殺、翌日自供し逮捕される。

という事件があったんですね。

1970年4月、一審で懲役7年を言い渡されますが、毛利さんは殺意を否認し、控訴します。
そして1974年9月に二審が開かれ、酌むべき事情が考慮されて一審が破棄され、懲役5年の刑が確定しました。
事件の内容の割に軽い量刑ですよね。
もし男女逆転した事件だったらもっと重い刑がついたような(`_`)
美人の女性には軽い量刑がつくという逸話がありますが、毛利さんには該当したのでしょうか?
有名人ということで社会的制裁を受けているし、子供も幼かったため、寛大な処置が施されたのかもしれませんね。
毛利さんは和歌山刑務所に収監されて服役し、3年後の1977年に模範囚として仮釈放されました。
周囲の方の支援を感じて、心底反省して真面目に服役していたようですね。
以降の消息は不明ですが、再婚して家族で暮らしているとのことです。

離婚して再婚しているのですね。どんな方と再婚したのでしょうか?

 

結婚と息子さんについて

毛利さんは芸能界を引退した後、電話の取材で「そっとしておいてほしい」と言い残してその後はどうなったのかも、どうしているのかも分からずじまいです。

息子さんについてもその後どうなったのかなど、一切の情報がないようです。

日本のどこかで再婚しているとか。全てがなぞのままです。

ほかにも、

1992年に夫を得て、家庭を築いていることは確認されている。

さらには

前の夫との間に2人の子どもが、殺害した水田との間に子どもが1人いるので、計3人。
そのうちの1人としてどうなったいるのかも分からない。そのうちの何人かは息子であるらしい。
出所後の毛利さんのことについて知っている人が少なく、さらには子供の事についてはまったく分かっていない。

単なる芸能界引退なら息子さんも芸能界でデビューというのも考えられますが、事件が事件だけに出てこれないのも分かります。
詳細が分からないほうが一般人として平穏に暮らせますからね。

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