吉永小百合の若い頃が武井咲や広瀬すずよりカワイイ!共産党員って本当?

日本を代表する名女優さんの一人吉永小百合さん。
年齢を感じさせない美しさと元気さで多くのサユリストを未だに魅了しますが、
若い頃はどんなに美しかったのか、吉永小百合さんについて改めてご紹介します。

 

若い頃の吉永小百合さんはどれだけ美人だったか。

吉永小百合さんは、凛とした美しさを持ちながら、若い頃にはまさにチャーミングといっていい可愛さも持ち合わせていました。

現在も可愛らしさはありますが、若い頃の方が数段可愛さでは勝っています。

様々な著名男性陣からも多くの支持者がいるほど、その可愛らしさは他に類を見ないものです。

若い頃は、日本のオードリー・ヘップバーンと言われたほどです!

そして本家よりもずっと、吉永小百合さんの美しかったかも知れません。

可愛さだけで言えば、100%ヘップバーンに勝っていると言われる程です。

その美貌だけでは無く、表現力や演技力で映画やドラマにも引っ張りだこでした。

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美しい、可愛いと言われる芸能人は山ほど輩出されてきましたが!

吉永小百合さん、ほどの伝説級の人はまだ現れていません。

こんなにカワイイと人気が出ないわけないですよね。

 

若い頃から絶大の人気。

吉永小百合は1945年3月13日生まれの72歳です。
東京都渋谷区代々木西原町生まれの吉永小百合の本名は岡田小百合と言います。
吉永小百合は女優として10年間で70本以上の映画に出演するなど、映画を中心とした女優です。
また、作曲家の吉田正の門下生として、若い頃は多くのレコードをリリースした、歌手としての一面もあるんです。

吉永小百合は、12歳ごろから自主的にボイストレーニングのために、ひばり児童合唱団というところに通っており、創設者である皆川和子からの紹介で松竹から映画デビューすることになります。
そして、1962年に『寒い朝』という曲でレコードデビューすることになったのです。

吉永小百合の歌は、昔から人気があり、デビュー曲となった寒い朝は通算で20万枚を売り上げるヒット曲なんですよ。
この曲で『NHK紅白歌合戦』にも出場しているんです。
実は2005年から、作曲者の吉田正の故郷である日立市にちなんで、常磐線日立駅の下りホームの発車メロディにもなっているんです。

若い頃は歌も歌っていらっしゃったんですね。紅白歌合戦でも歌われたそうです。

 

 

サユリストって?

吉永と共に青春時代を歩んだ世代に「サユリスト」(『小百合』に『…主義者』や『人』を意味する英語の接尾辞『-ist』をつけた造語)と言われ、特に団塊~70歳代にかけての世代に多く見られるが、「サユリスト」を自認する者は邦画ファンや一般大衆はもとより、芸能人や著名人にも幅広く存在している。

芸能人の中にいるサユリストは大物ばかりです。

 

タモリさんはじめ多くのサユリストたち。

「サユリスト」を自認するタモリは、同じく「サユリスト」として知られる野坂昭如を指して「あの人は一時、山口百恵に走ったが、俺は小百合サマ一筋」と述べたことがある。
タモリと吉永は早稲田大学第二文学部に在学していた時期が重なっており、学生食堂で吉永が食事しているのを偶然に発見した際、吉永の食べ残しを食べようか迷った末、思いとどまったというエピソードがある。

そういえば、笑っていいともでもデレデレでしたね。

 

小宮山悟

早稲田大学の女子学生をさす、バンカラで、男まさりで、活動的な「早稲女(わせじょ)」の代表的O.G.としてしばしば名があげられる。
やはり、早稲田大学の後輩である小宮山悟も「サユリスト」の一人である。

先輩後輩の関係だったんですね。新事実です。

 

綾小路きみまろ

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漫談家の綾小路きみまろも「サユリスト」を自認する人物の一人。また、吉永も綾小路のファンであり、吉永の主演映画『まぼろしの邪馬台国』では、吉永の希望によって綾小路に出演依頼を行い、綾小路は「サユリストの1人としてぜひ」と快諾。なお、綾小路にとってはこれが実質的な俳優としてのデビュー作である。

この世代の人たちにとって吉永小百合さんは、憧れの人なんですね。

今の世代の武井咲さん広瀬すずさんといった感じでしょうか。

若い頃の吉永小百合さんはどことなく広瀬すずさんや武井咲さんに似ている感じもしますね。

 

結婚されている?

1973年、吉永小百合さんは、テレビ局のディレクターの岡田太郎さんと結婚しました。

吉永小百合さんの両親は、結婚に反対で絶縁状態になり、結婚式にも両親は出席せず、ひっそりと友人宅で行われたといいます。

吉永小百合さんは結婚されていたんですね。あまり家庭の話題が出ないので、独身なのかと思いました。

 

子供は?

自分の子供にそういう思いをさせたくないから、 その理由もあって子はもたないとしたと、 なにかのインタビューで話していました。

子供の頃の両親との辛い関係から、子供を持たないことを決意し、夫である岡田太郎さんと共に生きてきた吉永小百合さん。
今でこそ子供のいない夫婦は少なくはありませんが、吉永小百合さんと岡田太郎さんが結婚した頃は子供は勿論、子育てについても逐一周りが口を出すのが当たり前の時代でした。

両親に反対されて結婚した吉永小百合さん。お子さんはいらっしゃらないようですね。

 

共産党員?

自称文芸評論家・小川榮太郎氏が「正論」(産経新聞出版)3月号に驚きの論考を発表していたそうです。

 小川榮太郎氏が今回、発表していた文章のタイトルは「吉永小百合さんへの手紙」。何事かと読んでみると、こんな文章が飛び込んできた。

〈安保法制反対の大合唱の中に、いや、その先頭に貴女の名前が絶えず持ちだされたのは記憶に新しい〉
〈あへて吉永さんに問ひたい、法案の意味や中身を知らずに、後から責任を取れないやうな出鱈目な批判をする事、またさういふ人達の先頭に立つて広告塔になる事は、貴女の女優としてのあり方や人としての信条に照らして、恥づかしい事ではないのですか〉

そう、小川氏は、手紙形式で、昨年夏、吉永が安保反対を訴えたことを非難しているのだ。

たしかに吉永は、渡辺謙や笑福亭鶴瓶、樹木希林など安保法制に反対する芸能人のひとりだったし、今年、山田洋次監督作品『母と暮せば』公開時の雑誌のインタビューや鼎談でも「戦後ではなく戦前のようなニュースを見て、言葉を失います」「戦後七十年ということなんですけど、今、もう「戦後」という言葉がなくなってしまいそうな時代になっています」と話し、現政権への危機感をあらわにしている。そうした吉永の言動を小川氏は「広告塔」「恥づかしい事」と批判しているわけだ。

この時代の人たちには共産党支持派の方も多いようです。

今回は名女優吉永小百合さんについて紹介してきました。
意外な家庭環境、熱狂的なサユリストを虜にした若い頃、昭和・平成の名女優の意外な一面が見られたかもしれません。

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